
BOOKS Vol.2
瀕死のエッセイスト しりあがり寿著 発行:ソフトマジック 1600円+税 漫画、アニメの類には普段ほとんど触れない私にとって、「しりあがり寿」という名前はなぜか特別だ。常に注目してきたわけではないけれど、1980年代からなんとなく引っかかる存在だった。サラリーマンでありながら漫画を書き、漫画家でありながら、ちょっこっと書いた文章の視点が、とってもユニークだったのだ。今はいわゆる脱サラし、漫画家として活躍している彼の新刊が、これまた、私の胸をゆさぶった。ジュンク堂の新刊紹介に出ていた同書のタイトルと帯の「死を想え」というキャッチを見た日にゃあ、中身も考えず、速攻で注文ボタンをクリックしていたのだった。 表紙は、病院のベッドに腰掛ける瀕死の患者。点滴の袋が空しくぶら下がっている。何とも生気のない風景だ。装丁がこれまた奇妙。裁断しそこねて、左ページに右ページの下端が残り、ずっとずれている。手にとった当初は「これって乱丁版なんじゃないの」と疑ったけれど、奥付には「各ページのズレは意図的なもので、乱丁ではありません」とある。このやるせなさ、救いのなさが、巻頭随筆を含め27編の、死にまつわる漫画を包み込んでいるのだ。 主人公は肺を病んでいるような頬のこけた男。彼はさまざまな幻想的場面で死を想う。もっぱら病院を舞台にしているのだが、時には死人が寄席で漫才しているし、夏の海岸に紛れて横たわる死体の話、生きてる人が死体になって接客する死人バーの話、その他もろもろ、おびただしい死の姿が描かれている。中には彼の母親への思い、恋愛観が散りばめられていたりして。おぞましくもあり、切なくもあり、ユーモラスでさえある。 ええと、これは、「死」にまつわる漫画です。(中略)「死」の正解は無いってことで、だから、だれでも自由に勝手に「死」について考えてもいいのです、きっと。そして自由に「死」への想いをひろげることで、「死」に少しは慣れるかもしれません。 角川書店刊『瀕死のエッセイスト』アトガキより 一見突拍子もないシチュエーションでありながら、生活の中で死を想うと、こんな想像も「ありだよね」という、しりあがり氏の実感が伝わってくる。けれどそれらは、必ずしも誇張ではない。 老・病・死。貧困という恐怖がなくなった今の日本人たちは(実は貧富の二極化も進んでいると思われるが)、老いへの不安、病気の恐怖、どんな風に死を迎えればいいのか、という3大恐怖に苛まれている。だから、「楽しければいいさ」と刹那的に人生を謳歌している人にこそ、必ず訪れる死への予行演習として、笑っておいていただきたい。 なお、同書には「お墓」のことは出てこない。しりあがり氏は、死後のことではなく、生者が死を想うことのいとおしさを伝えたいのだ。私もそこに共感する。 死に方について 人はいろいろある ボクはベッドで もちろん あまり苦しまずに そして、誰かに そばにいて欲しい・・・ 体から離れた 最後の息が・・・ 鮮やかな思い出や 忘れえぬ一瞬を その中に封じ込め 永遠のなかを漂う・・・ それは切ないほど 愛しい かけがえのない「生」 冷たい虚無のなかの ちっぽけな あやうい はかない 大切な 大切な 大切な ・・・「生」・・・ そんな「生」が おくれるだろうか・・・・ 『天国をみんな』より 巻末には、最近盗作問題で物議をかもした田口ランディ氏の解説が。でも、これってあんまり意味がない。妙に彼女がはしゃいでいて、しりあがり氏のニュートラルなテンションとのズレを感じるのだ。もしや、このズレ感も、装丁の一環だったりして(笑)・・・。 |
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